岩手県A社の貯水槽壁面に付着する

珪藻と藍藻について

2004105

鳥海山麓有用植物園 淡水藻研究室

佐々木俊一

株式会社 石の勘左エ門

TEL: 0184-33-3133

FAX: 0184-33-3433


試料および調査方法

試料は、2004924日、岩手県A社の貯水槽壁面から採集されたデトリタス様の付着物
で、水槽の水とともに容器に詰めて、採集の数日後に淡水藻研究室に持ち込まれた。

 研究室では、この試料を肉眼と実体顕微鏡(倍率10倍)で生のまま観察し、またその
一部をスライドグラスにとり、カバーグラスをかけて光学顕微鏡(倍率
400倍、1000倍)で
観察し、撮影(スケッチ)した。この標本(プレパラート)で、かなりの数のカの幼虫(ボ
ウフラ)と大量の珪藻と藍藻が観察されたが、それらの種(属)の同定は、ボウフラにつ
いては『応用動物事典』北隆館(昭和
36年)の図版、『基準昆虫分類表』北隆館(昭和41
年)にもとづいて行い、また藍藻については、
Komarek and Anagnostidis (1999)の検索表にも
とづいて行った。珪藻については、もとの試料の一部を
15%過酸化水素水中で煮沸して作成
した珪藻殻標本(永久プレパラート)を光学顕微鏡で観察、撮影(スケッチ)し、
Kramer und Lange-Bertalot (1991)の検索表にもとづいて種を同定した。さらに、珪藻に
よる水質評価は、基本的には
Lange-Bertalot(1978,1979)による腐水度の推定方法、および
Hofmann(1994)
による栄養度の推定方法にもとづいて行った(本文参照)。

 

観察結果

水槽壁の付着物とボウフラについて
 付着物は、褐色で、ふわふわと軟らかく、ちぎれやすいデトリタス様のものであったた
め、水とともにシャーレに入れて、そのまま観察した。

右の写真は、シャーレの水に浮遊する大
小無数のデトリタスと、そのデトリタス
にもぐり、またそこから飛び出して、ひ
ょこひょこと泳ぎ回るボウフラのなかか
ら一匹だけを撮影したものである。

ボウフラは、動きが早いため、ピント
が合っていないが、この写真からおよそ
の体長(
ca.2.7mm)を知ることができる。

 

デトリタスの構造
 デトリタスは、その一部をプレパラート(固定標本)にして、光学顕微鏡で観察した。
下の写真は、
400倍で撮影したデトリタスの構造である。

観察の結果、デトリタスは、その大部分が密集した珪藻細胞の塊であり、その珪藻塊の
中に青緑色の藍藻細胞が小さな不定形の群落をなしていることがわかった。

 

藍藻について
 下の2枚の図は、1000倍で観察スケッチした藍藻(細胞とその群落の一部)である。

藍藻細胞は青緑色、直径5-6μ、球形からやや
横長につぶれた楕円球形で、単独に存在し、あ
るいは蜜に集まって不定形の群落を形成してい
る。細胞は、厚さがおよそ
0.8μの、輪郭のはっ
きりとした透明な粘鞘(
muculaginous envelopes
に包まれている。

 単独で存在する細胞の中には、粘鞘が同心円状
に幾重かに層を成して、厚さが
2μ以上に達する
ものも観察されたが、これはいわゆる休眠細胞
resting cell)であろうと思われる。

以上の特徴から、この藍藻は、Gloeocapsopsis pleurocapsoides (Novacek) Komarek et Anagnostidis 1986、あるいはそれにきわめて近縁の種であることがわかった。Komarek and Anagnostidis (1999)によれば、この種は、以前にGloeocapsa pleurocapsoides Novacek 1929として記載されたが、時々湿り気を帯びる岩の表面などに生息する気生性(aerophytic)の藍藻として、またまれに湿った岩の下に生息する半気生性(subaerophytic)の藍藻として知られている。またこれまでに、チェコ共和国(West Moravia)、いくつかのアジア地域(Burma?Mandalay, Himalayas?Khumbu region)、アルゼンチン(Tierra del Fuego)から報告されている。
 

珪藻と、珪藻の生息する環境の水質について
 下の写真は、1000倍で撮影した珪藻殻標本(プレパラート)の一部である。

珪藻殻標本を観察した結果、水槽壁面に付着する珪藻社会は、貧栄養から富栄養までど
のような環境にも出現する
Nitzschia paleaなど、いくつかいっしょに生息する種を少しだ
け含んではいるが、ほぼ単一種
Achnanthes nodosa A.Cleve の巨大群集から構成されるこ
とがわかった。

 Achnanthesの仲間(Family Achnanthaceae)は、珪藻殻の表と裏が異質な(表に縦溝
Rapheがあり、裏にはこれを欠く)グループで、Cocconeis Achnanthesの2属があり
、いずれも淡水産あるいは海産の付着生物として大量に出現することが知られている。

 下のスケッチは、1000倍で観察した珪藻殻で、縦溝のある殻面と縦溝のない殻面を
示すものである。

このほかに、珪藻殻の形と大きさ、表面の線条Streifenの密度(10μに何本の線条が並
ぶか)などの特徴から、この種はA. nodosaであると同定されるのである。

 Krammer und Lange-Bertalot (1991)によれば、Achnanthes nodosaは、北半球のあちこち
に分散して分布し、アルプスより北の生育環境に生息し、特に北極地方に多く見られる珪藻
であるが、ヨーロッパでは、著者らの知る限りではアルプス地方だけに出現する。この種
はまた、生態的にいえば、貧栄養、中性からやや酸性、かつ電解質濃度の低い水に特徴的
に出現する付着性珪藻であるという。

 

ボウフラ(カの幼虫)について

 下のの写真は、水槽壁の付着物(デトリタス)のプレパラートで観察されたボウフ















ラを100倍で撮影したものである。
このボウフラの種を同定するのに必要な資料が
手元にないため、正確な種名はわからないが、
『応用動物事典』北隆館の図版等にもとづいて
いえば、アカイエカなどを含むイエカの仲間の
幼虫ではないかと思われる。

 ボウフラはまた、ほかに食物となるものが見られない
ことから、おそらく水槽壁の付着物(珪藻と藍藻)を餌
として生育しているものと
思われる

まとめ

貯水槽の水の水質について
 先に述べたように、A社の水槽壁の付着物は、ほとんど単一種Achnanthesnodosaからなる
珪藻の巨大群集であることがわかった。またこの
A. nodosaは、貧栄養の水に特徴的に出現す
る付着性珪藻であることもわかった。

ここで湖沼学者のいう水の栄養度についていえば、たとえば湖水中にごくわずかな無機
栄養物と、よりいっそうわずかな有機生産物(植物プランクトン)しかなく、また透明度
3m以上の青く澄んだ水で、水面から水底まで一様に高い溶存酸素濃度が測定される場合
に、その水は貧栄養であるという。この栄養体系にいう貧栄養は、腐水生物学(腐水体系)
にいう貧腐水と概念的に同じであり、同じ水質を意味している(
Hofmann, 1994)。そこで
Lange-Bertalot (1979)
の経験的基準に従っていえば、今回のAchnannthes nodosaの出現状況は、
β中腐水、α中腐水、強腐水には生きられない種群が珪藻社会の50%を越えて出現する場合
に相当するので、水槽の水は水質等級
I(貧腐水)と推定される。したがって、A社の水槽の
水は、貧栄養にして貧腐水、すなわち負荷のほとんどない澄んだ水であろうと推定されるのである。

しかしながら、このまま藻類を増殖させ、ボウフラの発生を許すならば、貯水槽の水は
いずれ富栄養化し、やがては腐敗臭を放つようになる可能性もある。



貯水槽壁への珪藻と藍藻の付着、増殖を防ぎ、ボウフラの発生を防ぐ方法について

 珪藻と藍藻はわずかな隙間から水生昆虫などに付着して侵入し、光合成によって増殖する。
また、ボウフラはおそらくこれらの藻類を餌として生育している。したがって、貯水槽に太陽
光が差し込まないように密封する屋根をかけることで、問題は容易に解決すると思われる。
こうすることによって、カの成虫が産卵のために侵入するのを阻止することもできるからである。

参考文献

Hofmann G. (1994):Aufwuchs-Diatomeen in Seen und ihre Eignung als Indikatoren der
Trophie:Bibliotheca Diatomologica 30.

Komarek J. and K. Anagnostidis (1999):Cyanoprokaryota Teil-1. Chroococcales:
S
uswasserflora von Mitteleuropa 19/1.

Krammer K. und H. Lange-Bertolot (1991):Bacillariophyceae Teil-4. Achnanthaceae:
S
uswasserflora von Mitteleuropa 2/4.

Lange-Bertalot H. (1979):Pollution tolerance of diatoms as criterion for water quality
estimation:Nova Hedwigia, Beiheft 64.