湖沼や河川の岸辺で水中から採集された落葉や小石、水草、あるいはアオミドロなどの藻の表面に
は、肉眼では見えない単細胞の珪藻が大量に付着しています。この付着性珪藻は、種類が多く、あら
ゆる水環境に分布し、しかも、水質に応じて異なる種類が出現するので、付着性珪藻を調べれば、そ
の水がどの程度に汚染されているのかを知ることができます。
早くから河川や湖沼の汚染が深刻化したヨーロッパ、特にドイツでは、淡水に生息する珪藻の分類
学的研究が進み、珪藻によって水質を判定する実用的な方法も確立されました。また、その内容は、
いくつかの本や分献により公表されて、今では世界中で広く用いられています。
珪藻を用いて水質を判定するためには、まず、その水に生息する珪藻の種類を正確に同定しなけれ
ばなりません。この同定作業は、主として次の本を参照しながら、その検索表にもとづいて行います。

その水に出現する珪藻がすべて同定され、それぞれの種の出現頻度が明らかになれば、その結果をも
とに、水質を評価することができます。この評価は、次の2つの分献を参照して行います。
そこで、ここでは、珪藻による水質調査の概要を理解していただくため、上記Hofmann(1994)お
よびLange-Bertalot(1979)の内容を、次の4つの項目に分けて、簡単に紹介します。
1)水質評価の基準としての栄養度と腐水度
2)珪藻による栄養度の推定方法
3)珪藻による腐水度の推定方法
4)まとめ(水質汚染と珪藻)
水質評価の基準としての栄養度と腐水度
水の栄養度(Trophiegrad)と腐水度(Saprobiegrad)は、いずれも水質を評価する基準であり、互い
に関連する概念です。栄養度は、湖沼学者が採用する栄養体系(Trophiesystem)の中で、水中の窒素
やリンなどの無機栄養物にもとづいて設定された基準で、次のように分類されます。
| |
貧栄養(oligotroph) |
| |
中栄養(mesotroph) |
| |
富栄養(eutroph) |
また、腐水度は、汚水生物学者が採用する腐水体系(Saprobiensystem)の中で、水中の腐敗物(分解
途中の有機物)にもとづいて設定された基準で、Kolkwitz & Marsson (1950)による最初の草案を拡大
または一部変更して、各国で次のように分類されています。この腐水階級は、河川や湖沼など、自然界
の表面水に適用されるもので、真腐水(eusaprob)に属するようなまったくの汚水は考慮されていません。
| 貧腐水(oligosaprob)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ |
水質等級T(ほとんど無負荷) |
| 貧―β中腐水(oligo-β-mesosaprob)・・・・・・・・・・・・・・・ |
水質等級T‐U(わずかな負荷)
BOD:平均値で2mg/l以下
酸素飽和損:長期間に15%を超えない |
| β中腐水(β-mesosaprob)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ |
水質等級U(軽度の負荷)
BOD:平均値で4(6)mg/l以下
酸素飽和損:長期間に30%を越えない |
| β―α中腐水(β‐α‐mesosaprob)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ |
水質等級U‐V(臨界段階の負荷)
BOD:平均値で7(10)mg/l以下
酸素飽和損:長期間に50%を越えない |
| α中腐水(α‐mesosaprob)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ |
水質等級V(悪臭を伴う強い負荷)
BOD:平均値で13mg/l以下
酸素飽和損:長期間に75%を越えない |
| α中―強腐水(α‐meso-polysaprob)・・・・・・・・・・・・・・・・ |
水質等級V‐W(非常に強い負荷)
BOD:平均値で22mg/l以下
酸素飽和損:90%以下 |
| 強腐水(polysaprob)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ |
水質等級W (過度の負荷)
BOD:平均値で22(15)mg/l以上
酸素飽和損:90%以上 |
上記の表において、BODの( )の数字は、国などにより基準の異なる部分を示す。また、BODと
酸素飽和損は、水の有機汚染(負荷)の程度を示す重要な計測量であり、それぞれ次のように測定され
る。
生物化学的酸素要求量 (BOD):微生物による5日間の有機物分解過程における水1リットル
当たりの酸素消費量(mg/1)
酸素飽和損:水中の溶存酸素量(DO)を、同水温、同気圧における純水中の飽和酸素量からひいた
値、つまり、純水中の飽和量に対する溶存酸素の不足分(%)
付着性珪藻による栄養度の推定方法
ここでは、湖沼の沿岸に生息する付着性珪藻を調べて、その水の栄養度を推定するHofmann(1994)
の方法を紹介します。まず、この方法で水の栄養度を推定するためには、湖沼から採集された珪藻の
標本を観察して、無作為に500個体以上の付着性珪藻を同定し、その中で、それぞれの種の相対的出
現頻度を明らかにする必要があります。この相対的出現頻度は、5段階の指数によって表示され、次
のように決定されます。
| |
1: |
1個体のみ(ごくまれ) |
| |
2: |
1%以下 (少数) |
| |
3: |
1%−5% (やや多数) |
| |
4: |
5%−10% (多数) |
| |
5: |
10%以上 (大量) |
さらに、このHofmann (1994)方法を理解するためには、栄養度を表示するための栄養指数、珪藻
と水質(栄養度)の関係を表す栄養許容性、生態的重心(好み)、そして指標価値(重み)の4つの概
念が重要です。
栄養指数
栄養指数とは、湖沼の栄養度を数値化して表示するために設定された指数で、次のように表示され
ます。
| |
1: |
貧栄養(oligotroph) |
| |
2: |
貧栄養と中栄養の境界(oligo-/ mesotroph) |
| |
3: |
中栄養(mesotroph) |
| |
4: |
中栄養と富栄養の境界(meso-/ eutroph) |
| |
5: |
富栄養(eutroph) |
この栄養指数は、アルプス周辺の湖沼群における実際の栄養状態のデータにもとづいて、Hofmann
(1994)により設定されました。それぞれの湖沼の栄養度は、年平均の全リン濃度と予想される栄養状
態の間の統計上の関係(Vollenweider, 1979)にもとづいて推定されましたが、その際の年平均全リン
濃度は、最小の湖沼で6μg/l(93%の確立で貧栄養)、最大の湖沼で64μg/l(70%の確率で富
栄養)でした。
栄養許容性
栄養許容性とは、付着性珪藻のそれぞれの種が、貧栄養と富栄養の間の、どの範囲の栄養度の湖沼
に出現するかを示すものです。栄養度に対して同じような許容性を持つ種が、次の5つの許容種群
(Toleranzgruppen)にまとめられました。これらの種群が、栄養度の指標として用いられます。
ot(Oligotraphent):貧栄養型の種群
貧栄養にのみ生息し、中栄養と富栄養には耐えられない
ol-bmt (Oligo-β‐mesotraphent) :貧栄養―β中栄養型の種群
貧栄養から弱い中栄養にまで生息し、強い中栄養と富栄養には耐えられない
ol-amt (Oligo-α‐mesotraphent):貧栄養―α中栄養型の種群
貧栄養から強い中栄養まで無制限に生息するが、富栄養には耐えられない
am-eut (α‐meso-eutraphent):α中栄養―富栄養型の種群
強い中栄養から富栄養まで、富栄養化した環境にのみ生息する
eut(Eutraphent):富栄養型の種群
もっぱら富栄養に生息し、富栄養の指標となる
以上のほか、湖沼中には次の種群も出現するが、栄養度の指標としては用いられません。
tol(Tolerant):寛容型の種群
貧栄養から富栄養まで、すべての栄養度に生息する。栄養に無関係(中立)に出現す
るわけではないが、許容する範囲が広すぎて、栄養度の指標には適さない。しかし、
この種群は、大多数が腐水に対しては敏感で、臨界負荷段階(水質等級U‐V)を越
えては生息できない。
ind(Indifferent):中立型の種群
出現するかどうかは、栄養度にも腐水度にも無関係(中立)で、別の要因で決まる。
したがって、栄養度と腐水度、いずれの指標にも適さない。
sap(Saprotroph):腐食栄養型の種群
分解途中の有機物に強い結びつきを示すため、Saprophil(腐水を好む)あるいは
Saprobiont(腐敗物を食物とするもの)とも呼ばれ、強腐水の環境に優先する種群。
(・):分類できない種群
許容性が不明、あるいは特定できない種群。
生態的重心(好み)
上に述べたように、付着性珪藻の栄養度に対する許容性は種によって異なり、それぞれの種には一
定の許容範囲がある。この許容範囲の中で、その種がもっとも高い頻度で出現する位置(その種がも
っとも好む栄養度)が、その種の生態的重心であり、栄養指数によって表示されます。
生態的重心を示す栄養指数(T)は、問題の種の相対的出現頻度 (指数 Hi)を重みとして、そ
の種が出現した複数の湖沼の栄養指数(TWi)を重みつき平均することにより、次のように算出さ
れます。

また、同様の重みつき平均を、前述の許容種群について行った結果、それぞれの許容種群の生態的
重心(指数)が、次のように決定されています。
| |
1.5 |
:貧栄養型の種群
それぞれの種の生態的重心は、およそ1.1‐1.9の範囲にある |
| |
2.0 |
:貧栄養―β中栄養型の種群
それぞれの種の生態的重心は、およそ1.8‐2.4の範囲にある |
| |
2.5 |
:貧栄養―α中栄養型の種群
それぞれの種の生態的重心は、およそ2.1‐3.0の範囲にある |
| |
4.0 |
:α中栄養―富栄養型の種群
それぞれの種の生態的重心は、およそ3.2‐4.3の範囲にある |
| |
4.5-5.0 |
:富栄養型の種群
それぞれの種の生態的重心は、およそ4.1‐5.0の範囲にある |
指標価値(重み)
指標価値は、それぞれの種の、栄養度の指標としての価値の大きさ(重み)を意味します。それぞ
れの種の指標価値は、その種が先に述べた許容種群のいずれに所属するかによって、つまり、許容す
る栄養範囲の広さによって、次のような3段階の指数に分類されます。
1:貧栄養―α中栄養型の種群に所属する種がこれに相当する。許容範囲が最も広く、貧
栄養から中栄養の上限まで無制限に生息するので、価値はもっとも小さい。
2:貧栄養―β中栄養型の種群、およびα中栄養―富栄養型の種群に所属する種がこれに
相当する。許容範囲が中程度なので、価値も中程度である。
3:貧栄養型の種群、および富栄養型の種群に所属する種がこれに相当する。許容範囲
がもっとも狭いので、価値はもっとも大きい。
栄養度の推定
これまでに解説した付着性珪藻の相対的出現頻度、栄養許容性、生態的重心、そして指標価値は、
いずれも、実際に湖沼の栄養度を推定する際に、欠かせないデータです。実際に栄養度を推定するに
当たって、私たちはまず、次のような一覧表を作ります。
観察結果および種の許容性に関する一覧表
|
観察結果
|
|
|
|
許容性(Hofmann, 1994) |
| 属・種名 |
個体数
|
出現頻度
|
栄養
|
生態的
|
指標
|
腐水
|
|
%
|
指数
|
許容性
|
重心
|
価値
|
許容性
|
|
| Achnanthes |
|
|
|
|
|
|
|
| -eutrophila Lange-Bertalot |
1
|
0.2
|
1
|
(ent)
|
|
|
(bams?)
|
| -minutissima var. jackii (Rabenhorst)
L.-Bertalot |
181
|
32.5
|
5
|
・
|
|
|
(os)
|
-minutissima
var. minutissima |
14
|
2.5
|
3
|
tol
|
|
|
bams?
|
| Cymbella |
|
|
|
|
|
|
|
| -naviculiformis (Auerswald) Cleve |
14
|
2.5
|
3
|
tol
|
|
|
bms
|
| Gomphonema |
|
|
|
|
|
|
|
| -auritum A. Braun |
8
|
1.4
|
3
|
ol-amt
|
2.5
|
1
|
os/bms
|
| -parvulum var. exilissimum Grunow |
4
|
0.7
|
2
|
ol-bmt
|
2.0
|
2
|
os
|
| -parvulum var. parvulius L.-Bertalot &
Reichardt |
332
|
59.6
|
5
|
ot
|
1.5
|
3
|
os
|
-parvulum
var. parvulum f. parvulum |
2
|
0.4
|
2
|
tol
|
|
|
ps
|
| Navicula |
|
|
|
|
|
|
|
| -subrhyncocephala Hustedt |
1
|
0.2
|
1
|
・
|
|
|
・
|
|
この一覧表は、Hofmann(1994)のTabelle7にならって作られており、栄養度の推定に必要な種の
データである栄養許容性、生態的重心、および指標価値、そして後に述べる腐水度の推定に必要な種
のデータである腐水許容性は、いずれもこのTabelle7から引用しています。
水の栄養度の推定には、観察された付着性珪藻の中の、栄養度の指標となる種だけが用いられます。
つまり、一覧表の中から、先に述べた5つの許容種群(ot,ol-bmt,ol-amt,am-eut,eut)に所属する
種だけを選び出し、それらの指標種の3つの指数(相対的出現頻度、生態的重心、指標価値)を用いて、
湖沼の栄養指数を算出し、この栄養指数から栄養度を推定するのです。
まず、湖沼の栄養指数(TI)は、それぞれの指標種の相対的出現頻度(Hi)と指標価値(Gi)を重
みとして、それぞれの指標種の生態的重心(Ti)を重みつき平均することにより、次のように算出さ
れます。

そして、湖沼の栄養度は、この栄養指数(Ti)にもとづいて、次のような経験的基準により推定
されるのです。
| |
栄養指数
|
栄養度 |
| |
1.00‐1.99
|
貧栄養 |
| |
2.00‐2.49
|
貧栄養と中栄養の境界域 |
| |
2.50‐3.49
|
中栄養 |
| |
3.50‐3.99
|
中栄養と富栄養の境界域 |
| |
4.00‐5.00
|
富栄養 |
付着性珪藻による腐水度の推定方法
ここでは、Lange-Bertalot (1978, 1979)の"差別種群による水質評価方法(Differentialarten-
System)"を紹介します。差別種群の概念と、それを用いた腐水度(水質等級)の推定方法は、有機
汚染の著しいヨーロッパの河川における付着性珪藻の研究から生まれました。しかしながら、
Hofmann(1994)は、この差別種群による腐水度の推定方法が、河川だけでなく、湖沼においても有効
であり、また、先に紹介した許容種群による栄養度の推定方法と併用すれば、より正確な水質評価が
可能であることを確かめました。
では、この差別種群による腐水度の推定方法を理解していただくため、まずは付着性珪藻の腐水許
容性について説明し、さらに、腐水度の推定について説明します。
腐水許容性
付着性珪藻の有機汚染に対する許容性は、種によって異なり、それぞれの種は、最高でどの段階
の汚染(水質等級)にまで生息するかによって、7つの差別種群(Differentialarten)にまとめられ
ます。ここで重要なのは、差別種群は、腐水体系の指標種とは異なり、特定の汚染段階の指標では
ない、ということです。なぜなら、例えば後述の"水質等級Wを差別する種群(ams/ps)"は、貧腐水
からα中腐水と強腐水の境界領域までに生息し、明確な生態的重心を持たないからです。つまり、こ
れら7つの種群は、それぞれの許容性の上限(許容する汚染の最高値)だけで目盛られており、この
限界を越えて汚染された環境には出現しないため,それぞれの限界を越えた汚染(水質等級)を"差
別する"、つまりその可能性を排除する種群として、水質の評価に重要な役割を果たすのです。
水質評価に用いられる7つの差別種群は、4つのグループに分けて、次のように分類されます。
第1群 (有機汚染にもっとも敏感なグループ)
os(oligosaprob):水質等級T‐U以上の汚染を差別する種群
貧腐水にのみ出現する種群で、汚染が水質等級Tを越えないことを示す |
os/bms(oligo-/ β‐mesosaprob):水質等級U以上の汚染を差別する種群
貧腐水とβ中腐水の境界領域まで出現し、汚染が水質等級T‐Uを越えないことを示す |
|
第2群 (臨界負荷段階までの弱い汚染に耐えるグループ)
|
bms(β‐mesosaprob):水質等級U‐V以上の汚染を差別する種群
貧腐水からβ中腐水まで出現し、汚染が水質等級Uを越えないことを示す |
bams(β‐meso-/α‐mesosaprob):水質等級V以上の汚染を差別する種群
β中腐水とα中腐水の境界領域(臨界負荷段階)まで出現し、汚染が水質等級U‐V
を越えないことを示す |
|
第3群 (かなり強い汚染にも耐えるグループ)
|
ams(α‐mesosaprob) :水質等級V‐WとWの汚染を差別する種群
貧腐水からα中腐水まで出現し、汚染が水質等級Vを越えないことを示す |
ams/ps(α‐meso-/ polysaprob):水質等級Wの汚染を差別する種群
α中腐水と強腐水の境界領域まで出現し、汚染が水質等級V‐Wを越えないことを示
す |
|
第4群 (過度の汚染にも耐えるグループ)
|
ps(polysaprob):汚染(水質等級)を差別しない種群
有機負荷に対して最も広い許容性をもち、貧腐水から強腐水まで、すべての負荷段階に
出現する |
腐水度の推定
実際に河川や湖沼の腐水度を推定する際に、私たちは再び、先に栄養度の推定のところで紹介した
一覧表(観察結果および種の許容性に関する一覧表)を用います。この一覧表には、観察された付着
性珪藻の相対的出現頻度が、百分率(%)と指数の両方で表示されていますが、今回は、百分率(%)の
出現頻度を用います。
まず、一覧表に並んだ付着性珪藻の腐水許容性を見て、os,os/bms,bms,bams,ams,
a m s / p s, そしてp sと表示された種、つまり差別種群だけを選び出します。次に、観察された珪
藻全体の中でそれぞれの差別種群のグループ(上記4つのグループ)が占める割合を明らかにするため、
それぞれの種の出現頻度(%)をグループ毎に集計します。例えば、先に例として示した一覧表の場合、
集計の結果は次のようになります。
| 第1群( os, os/bms ):β中腐水、α中腐水、強腐水には生きられない・・・・・・・・・ |
94.2%
|
| 第2群( bms, bams ):α中腐水、強腐水には生きられない・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ |
5.2%
|
| 第3群( ams, ams/ps ):強腐水には生きられない・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ |
0.0%
|
| 第4群( ps ) :強腐水でも生きられる・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ |
0.4%
|
この集計結果は、差別種群から見た珪藻社会の構成を示すことになります。そして、この珪藻社会
の構成から、問題の水質(腐水度と水質等級)は、次のような経験的基準により、推定されるのです。
| 珪藻社会の構成 |
水質等級(腐水度) |
| 第1群が50%を越える・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ |
T (貧腐水) |
| 第2群が50%を越えるが、第1群も10%を越える・・・・・・・・・・・・・ |
T‐U(貧‐β中腐水) |
| 第2群が50%を越え、第1群は10%に達しない・・・・・・・・・・・・・・・ |
U (β中腐水) |
| 第3群が50%を越えるが、第2群も10%を越える・・・・・・・・・・・・・ |
U‐V(β‐α中腐水) |
| 第3群が50%を越え、第2群は10%に達しない・・・・・・・・・・・・・・・ |
V (α中腐水) |
| 第4群が50%を越えるが、第3群も10%を越える・・・・・・・・・・・・・ |
V‐W(α中‐強腐水) |
| 第4群が50%を越え、第3群は10%に達しない・・・・・・・・・・・・・・・ |
V‐W(強腐水) |
この経験的基準は、珪藻社会によっては、そのままでは適用できない場合があります。例えば、第
4群が50%を越えるが、残りの珪藻社会の中で、第1群と第2群が、第3群を越えて出現する場合
があります。この状況は、荒れ模様で河川の流れが速く、ほとんど汚染の無い区域から、基質を離れ
た付着性珪藻が漂着している場合に生じます。また、この場合には、急流によって水中により多くの
酸素が溶け込み、また、腐水を好む種(saprophil)などの大量発生の基盤であるデトリタスの堆積が
貧弱になる、といった要因も加わるため、汚染に敏感な種群の活力に対する抑制が部分的に打ち消さ
れています。したがって、このような場合には、調査地の状況に応じて、ふさわしい解釈を伴った評
価をする必要があります。
以上、これまでに説明した差別種群による水質評価方法は、ある程度汚染された水域では、有効に
機能します。しかし、ほとんど汚染の無い水域では、問題が生じます。つまり、水質等級T‐Uに対
して、水質等級Tを区別することが難しいのです。それは、貧腐水だけに出現する差別種群(os)の場
合、それ以上に汚染された環境に出現しない原因が、実際に常に有機的負荷にあるのかどうかが、必
ずしも明らかでないからです。例えば、貧電解質で酸性の水に生息する珪藻の中には、その出現がも
っぱら基質(ミズゴケ)に依存し、水の状態には間接的にしか依存しない種も知られています。さらに、
電解質に富み、pHがほぼ中性の水、あるいは石灰分に富む水においては、水質等級Uに対して水質等
級Tを区別することすら困難になります。この場合、汚染の無い湧水域に支配的な珪藻社会は、わず
かにあるいは軽度に汚染された水域の珪藻社会と、ほとんど異ならないからです。
まとめ(水質汚染と珪藻)
ここでは、栄養体系と腐水体系の関係にまつわるいくつかの問題を紹介し、付着性珪藻を用いて湖
沼の水質を調査する際に、栄養度と腐水度の推定を同時に行うことの意味と、その有益性について説
明します。
栄養体系と腐水体系
栄養体系にいう貧栄養の水とは、その水がごくわずかな無機栄養物と、より一層わずかな有機生産
物(植物プランクトン)しか持たないことを意味します。それは、透明度が3メートル以上で、水面か
ら水底まで一様に高い溶存酸素濃度が測定されるような、青く澄んだ水です。したがって、この貧栄
養は、腐水体系にいう貧腐水と概念的に同じであり、同じ水質を示すことになります。
中栄養と富栄養の水では、無機栄養物が次第に豊富になり、それに伴って植物プランクトンがます
ます大量に発生するため、透明度は1メートル以下になります。そして、この段階で、栄養度と腐水
度の間に平行関係がなくなり、富栄養化と腐水化は互いに独立に進行します。そのため、富栄養で強
い有機負荷(α中腐水)を持つ水もあれば、同じ富栄養でありながら軽度の有機負荷(β中腐水)しか持
たない水もあることになります。
ところで、腐水体系が生物を有機負荷の指標とすることについては、批判的な意見もあります。例
えば、強い有機負荷(α中腐水)の環境に生息することで知られる多くの生物、とりわけ藻類は、 そも
そもそのような環境中の有機物から何の利益も受けていない。これらの藻類は、有機物の分解がもた
らす悪条件に他の藻類よりもよく耐えるという競争の結果、有機物の分解によって水中に放出された
無機栄養物(とりわけ、リン酸塩)を、すばやく利用できるようになったのであり、利益はこの無機物
から得ている。したがって、これらの藻類は栄養度の指標であり、有機栄養物とは何の関わりも持って
いないというのです。
ここでしかし、注目すべきは、先に紹介した差別種群システムにより評価される水質(腐水度)が、
実際には有機栄養物ではなく、はじめから酸素不足の度合(酸素飽和損)とBODを基準にして目盛
られていることです。強腐水を差別する種群 (a m s) として分類された珪藻は、栄養許容性から見れ
ば、その多くが寛容型種群(t o l )と富栄養型種群(e u t )の中から選ばれた代表者たちであり、
その際に、酸素不足に対して高い許容性を持つものだけが、α中腐水領域への入植を許されたのです。
また、強腐水の環境に優先する種群 (ps) の中には、その出現が水の栄養状態にほとんど依存しな
いように見える珪藻がいます。これらは、栄養度の指標から除外され、腐食栄養型の種群(saprotroph)
として分類されました。しかしながら、この腐食栄養型の種群と強腐水環境との強い結びつきが、果た
して実際に腐敗物(分解途中の有機物)を食べることによるのか、あるいは、酸素不足の環境への適応
の結果なのか、まだいずれとも明らかでありません。
許容種群による栄養度の推定と差別種群による腐水度の推定
このように、栄養負荷と腐水負荷の関係は、まだ十分に解明されてはいませんが、少なくとも富栄
養の環境は、腐水性から見れば一様ではなく、さまざまな腐水度の環境を含むことが明らかです。言
い換えると、貧栄養型と貧栄養―中栄養型の種群は、低い腐水段階の環境にしか出現しませんが、よ
り富栄養化した環境への入植者たち(寛容型、中栄養―富栄養型、そして富栄養型の種群)は、種特
異的にさまざまに異なる腐水許容性を持っているため、さまざまな腐水段階の環境に出現するのです。
したがって、栄養度と腐水度は、いずれも水質評価の基準として重要です。そして、この栄養度と
腐水度は、問題の湖沼に出現する付着性珪藻のそれぞれの種について、その栄養許容性と腐水許容性
を区別することによって、同時に推定することができます。
そこで、私たちは、Hofmann (1994)にならって、許容種群による栄養度の推定と差別種群による腐
水度の推定を併用することにしました。先に述べたように、ほとんど汚染の無い水域で差別種群を用
いた水質判定をする場合、低い腐水段階(水質等級TとT‐U、あるいは水質等級TとUのいずれで
あるか)の判定がしばしば困難になりますが、この負荷領域については、栄養度が非常によい水質基
準となります。また、汚染の著しい富栄養の水域では、あわせて、その水がどの腐水段階にあるかを
知ることで、より正確な水質判定が可能になるのです。
|