2000年6月21日付の前報「佐野市こどもの国せせらぎ川の藻類と鉄バクテリアについて」
では、浄水装置設置前の、鉄分を多量に含んだ水が湧き出し、鉄酸化物が厚く沈殿したまま
のせせらぎ川源泉で採集された試料について、藻類と鉄バクテリアを観察し、その結果から
推定される水質について簡単に報告した。しかし、当時は、せせらぎ川の造成工事が完了し
た直後でもあり、藻類についていえば、水面に浮遊する黄緑色藻Tribonema regulareと、
この藻に付着する珪藻Gomphonema parvulum var. exilissimumの2種しか観察できなか
った。
今回は、浄水装置の稼動により、源泉(地下水)中の鉄分、無機塩類、有機物などが除去
されて、見た目にも美しい清流となったせせらぎ川の試料について、出現する付着性珪藻を
詳細に観察した。その結果、せせらぎ川の水質を推定するに十分な観察データが得られたの
で、ここに報告する。
また、前回報告した浄水装置稼動前のせせらぎ川源泉の付着性珪藻の標本(永久プレパラ
ート)についても、改めて、より詳細な観察を行ったので、その結果についても、あわせて
報告する。
試料および調査方法
試料は、2000年9月23日、高橋正氏により、佐野市こどもの国せせらぎ川の最上流部(源
泉付近)で採集された水底の小石、および最下流部(池の入り口付近)で採集された緑藻で
ある。
緑藻については、その一部をスライドグラスにとり、カバーグラスをかけて生体のまま光
学顕微鏡で観察し、撮影した。また、藻(属)の同定は、「日本淡水藻図鑑」内田老鶴圃(1977)
およびKadlubouwska,Joanna Z.(1984)の検索表にもとづいて行った。
上流の小石に付着する珪藻については、石を洗い、洗い水の中の藻類を遠心分離によって
沈殿させたものを、また下流の緑藻に付着する珪藻については、藻塊の一部を、それぞれに
15%過酸化水素水中で煮沸し、2組の珪藻殻標本(永久プレパラート)を作成した。
この標本を光学顕微鏡で観察し、出現する付着性珪藻のすべての種を撮影し、それぞれの
種を可能な限り同定した。種および変種の同定は、Krammer
K. & H.Lange-Bertalot
(1986,1988,1991,1991) 、Lange-Bertalot H.(1993)、Krammer
K.(1992)およびLange-
Bertalot H.&D.Metzeltin(1996)にもとづいて行った。
さらに、付着性珪藻による水質評価を目的として、標本(プレパラート)の任意の横一線上
に沿って光学顕微鏡(倍率 1000倍)の視野内に出現する珪藻のすべてを、総個体数が
500個
体を越えるまで同定し、付着性珪藻全体に占めるそれぞれの種の割合(相対的出現頻度)の調
査を行った。この結果をもとに、水質評価は、Lange-Bertalot
H.(1978,1979)による腐水
度の推定方法、およびHofmann G.(1994)による栄養度の推定方法にもとづいて行った。
調査結果 その1(せせらぎ川上流、源泉付近の水質について)
観察結果一覧表(T)に示すように、せせらぎ川上流の標本(水底の小石の表面に付着す
る珪藻)では、無作為に557固体の珪藻を同定し、4属、9種の付着性珪藻を観察した。
水の栄養度は、観察された珪藻の中から栄養度の指標となる種だけを選び、これら指標種
の生態的重心(その種が最も好む栄養度)を、それぞれの種の指標価値(1、2、3に分類さ
れ、許容する栄養度の範囲が狭いほど数値が高い)と相対的出現頻度(指数:一覧表の注2
参照)を重みとして、重みつき平均した値(栄養指数)によって推定される(Hofmann,1994)。
今回の場合、指標種はGomphonema auritum、G.
parvulum var. exilissimum、G.
parvulum var. parvuliusの3種であり、水の栄養指数は、これら3種の生態的重心(2.5,
2.0,1.5)を上述のように重みつき平均した値、すなわち1.73となる。さらに、この栄養指
数から、次のような経験的基準(Hofmann,1994)により、栄養度が求められる。
| |
栄養指数 |
栄養度 |
| |
1.00-1.99 |
貧栄養 |
| |
2.00-2.49 |
貧栄養と中栄養の境界域 |
| |
2.50-3.49 |
中栄養 |
| |
3.50-3.99 |
中栄養と富栄養の境界域 |
| |
4.00-5.00 |
富栄養 |
この基準により、せせらぎ川上流、源泉付近の水は、貧栄養と推定される。
水の腐水度は、観察された付着性珪藻をそれぞれの種の腐水許容性、すなわち有機汚染に
対する許容性の上限によって7つの差別種群(許容性の低いものから順に:os,os/bms,bms,
bams,ams,ams/ps,ps)に分類した上で、珪藻社会全体の中でそれぞれの種群が占める割合
に基づいて推定される(Lange-BertalotH.,1979およびHofmann G .,1994)。
今回の場合、腐水許容性の明らかな8種の珪藻が対象となり、差別種群から見た珪藻社会
は次のように構成されることがわかった。
| 第1群(os,os/bms):β中腐水、α中腐水、強腐水には生きられない・・・・・・・・・ |
94.2% |
| 第2群(bms,bams):α中腐水、強腐水には生きられない・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
|
5.2% |
| 第3群(ams,ams/ps):強腐水には生きられない・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
|
0.0% |
| 第4群(ps):強腐水でも生きられる・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
|
0.4% |
ここで、Lange-Bertalot(1979)の経験的基準にしたがって言えば、第1群が珪藻社会の中
で50%を越えるため、せせらぎ川上流の水の腐水度は、貧腐水(水質等級T)と推定される。
調査結果 その2(せせらぎ川下流、池の入り口付近の水質について)
せせらぎ川下流で採集された藻(糸状の緑藻)は、アオミドロの一種Spirogira sp.で
あることがわかった。このアオミドロの藻体に付着する珪藻について、珪藻殻標本で無作為
に640個体を同定した結果、11属、43種の付着性珪藻が観察された(観察結果一覧表U参照)。
水の栄養度に関していえば、前述の指標種は13種であり、これら13種の生態的重心を重
みつき平均した値、すなわち水の栄養指数は、3.91となる。そこで、前述の経験的基準
(Hofmann G.,1994)から、せせらぎ川下流の水は、中栄養と富栄養の境界域と推定される。
水の腐水度については、腐水許容性の明らかな32種が対象となり、前述の差別種群から
見た珪藻社会は次のように構成されることがわかった。
| 第1群(os,os/bms):β中腐水、α中腐水、強腐水には生きられない・・・・・・・・・
|
4.2% |
| 第2群(bms,bams):α中腐水、強腐水には生きられない・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ |
61.0% |
| 第3群(ams,ams/ps):強腐水には生きられない・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ |
11.1% |
| 第4群(ps):強腐水でも生きられる・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ |
20.0% |
そこで、Lange-Bertalot H.(1979)の経験的基準にしたがって言えば、第2群が珪藻社会
の中で50%を越え、かつ第1群が10%に達しないため、せせらぎ川下流の水は、β中腐水
(水質等級U)と推定される。
調査結果 その3(浄水装置設置前のせせらぎ川上流の水質について)
せせらぎ川源泉に浄水装置が設置され、稼動を始めたのは、2000年7月18日であった。
今回は、この浄水装置設置前、同年6月13日に、源泉付近で採集された付着性珪藻の標本
(永久プレパラート)についても、改めて詳細な観察を行った。その結果、標本中には、前
回の報告書(2000年6月21日付)で見逃していたものを含めて、2属、6種の付着性珪藻
が観察された(観察結果一覧表V参照)。
しかしながら、この標本では、珪藻の出現頻度が極めて低く、広範な観察にもかかわらず、
全体で42個体しか出現しなかった。これは、試料の採集が、せせらぎ川の造成工事の完了
直後に行われたので、この新しい生息環境における珪藻社会が、入植の初期段階にあったた
めと考えられる。
観察された42個体の中で、水質に関して注目されるのは、水の栄養度と腐水度に対する
許容性が明らかなGomphonema parvulum の3変種(var.
parvuliusとvar. exilissimum、
そしてvar. parvulum f. parvulum)の出現状況である。
中でも、12個体(珪藻社会全体の28.6%)出現したvar.
parvuliusは、貧栄養・貧腐水
の水に特徴的な変種であり、3ヶ月後のせせらぎ川源泉(観察結果一覧表T参照)では、単
独で珪藻社会の60%弱を占めて、圧倒的な優先種となる変種である。
つぎに、7個体(全体の16.7%)出現したvar.
exilissmumは、貧栄養からβ中栄養の指
標種で、貧腐水に特徴的な変種であり、また、6個体(同14.3%)出現したvar.
parvulum f. Parvulumは、貧栄養から富栄養まで、すべての栄養段階に出現することが知られており、
有機汚染の著しい強腐水にも生息できる変種である。
ところで、この2変種、var. exilissimumとvar.
parvulum f. parvulumは、形態的に良
く似ており、光学顕微鏡レベルでは、もっぱら珪藻殻の幅が4.7-5.0
μで全体にほっそりし
た形のものをvar. exilissimum、幅が5.0-6.5μでやや太った形のものをvar.
parvulum f.
parvulumとして識別する。しかし、それは比較的大型の標本の場合で、標本が小型の場合
は、ほとんど識別することができない。そのため、普通はその個体群中にどちらの大型標本
が優先するかによって判別される。
今回観察した42個体の珪藻の中で、これら2変種のいずれとも識別できない
Gomphonema parvulum(殻幅5.0μ、殻長20μ以下の小型標本)が、15個体(全体の35.7%)
出現した。今回の場合、var. parvulum f. parvulumに同定した大型標本の殻幅が5.2-5.5μ
と比較的細く、富栄養の水で普通に見られるような殻幅5.5-6.0μの典型的な標本が出現し
なかったこと、そしてなにより、同じ珪藻社会中に貧栄養・貧腐水の指標種であるvar.
parvuliusが12個体も出現したことから見て、問題の小型標本のほとんどは、
var.
exilissimum である可能性が高いと思われる。その場合、
var. exilissimumは、単独で
珪藻社会の50%を越えて出現したことになる。
したがって、var. parvuliusの出現状況とあわせて考えると、浄水装置設置前のせせらぎ
川源泉は、おそらく貧栄養と中栄養の境界域付近(つまり、水中の栄養塩類はわずか)で、
かつ貧腐水の(腐敗途中の有機物をほとんど含まない)水であったと思われる。
まとめ
2000年9月23日現在のせせらぎ川上流、源泉付近の水質は、水底の小石に付着する珪藻
の社会構成にもとづいて、貧栄養、かつ貧腐水と推定された(観察結果一覧表T、および
「調査結果その1」参照)。 「貧栄養」とは、その水が極めてわずかな無機栄養物(窒素、
リンなどの栄養塩類)と、より一層わずかな有機生産物(植物プランクトン、つまり藻類)
しか持たないことを意味し、藻類にとって、一般には住みにくいほどに澄んだ水であること
を意味してもいる。
また、この源泉では、2000年7月18日以降、浄水装置が設置され稼動しているが、装置
設置前の6月13日における源泉付近の水質は、水面に浮遊する黄緑色藻Tribonema
sp. に
付着した珪藻にもとづいて、貧栄養と中栄養の境界域付近にあり、また貧腐水であると
推定された(観察結果一覧表V、および「調査結果その3」参照)。
したがって、源泉の水質(栄養度)は、浄水装置によって明らかに改善されている。この
水質変化は、貧栄養の指標種であるGomphonema
parvulum var. parvulius の相対的出現頻
度(珪藻社会全体に占める割合)が、浄水装置設置後に、59.6%にまで著しく増加し、また、
貧栄養と中栄養の境界域の指標種であるG. parvulum
var. exilissmumの相対的出現頻度が、
同じ期間に、逆に0.7%にまで著しく減少したことを見ても明らかである。原水(地下水)
中の鉄分を除去する目的で設置された浄水装置は、原水中の栄養塩類を除去する点でも、著
しい効果を発揮した。この事実は、次に述べるせせらぎ川下流の池の富栄養化を防止する上
で、重要な意味を持つことになると思われる。
2000年9月23日現在のせせらぎ川下流、池付近の水質は、緑藻アオミドロに付着する珪
藻の社会構成にもとづいて、中栄養と富栄養の境界域、かつβ中腐水と推定された(観
察結果一覧表U、および「調査結果その2」参照)。 「中栄養と富栄養の境界域」とは、
水がすでにかなりの無機栄養物を含んでおり、このまま富栄養化が進行すれば、夏期には
アオコが発生するなどの事態に至る可能性があることを意味している。また、「β中腐水」
とは、水中に腐敗途中の有機物が含まれてはいるが、この有機汚染の程度は軽度であり、
水中の酸素不足の程度(酸素飽和損)は長期間に30%以下、BOD(生物化学的酸素要
求量)も年平均で4(6)mg/l以下と推定される、ということである。
貧栄養・貧腐水の源泉から透き通った水が流れ下るせせらぎ川の、河口部におけるこのよ
うな水質低下は、おそらくすでに富栄養化した池の水が、混入した結果であると思われる。
参考分献
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